〜にゃゴト〜

にゃごのつぶやき

NG11 「常識?非常識???」

だいぶ時間を開けてしまってスミマセン。

始めの約束(NG1)を破ってしまった1ヶ月過ぎてしまっての更新です。

言い訳をしてしまうと忙しくて更新したくても、新企画を考えたくても

日常生活が許してくれませんでした(T_T)

ホント、コピーロボットが3体以上欲しいくらい今のにゃごの生活はメチャクチャです。

(前回も触れましたが・・・。悪化してます。)

しかも日頃、全然何もなさそうなフリをしているから、倍に疲れます。

辛い事を他人に言っても状況が好転するわけでもナイし、余計な心配を掛けられたくナイから

せめて何も無さそうに笑っているしかナイと。つくづく損な性分だよなぁ・・・。

感情まかせに自分勝手に振舞える人がホントうらやましい。

そしてそんな人たちに囲まれているにゃごが毎回しわ寄せを喰うんだけどネ〜。

世の中はわがまま放題の人と、それに振り回される人と、無関係を装う人の

どれかで成り立っているのよねぇ〜・・・。

 

さて、にゃごの泣き言はコレくらいにして本題に移りましょう。

今回のコボレ話は「常識」です。

この前、とある友人と久々に会い、久々にいろいろな話をしていた時に

こんな事件があったとはなしてくれたんですが、その内容が、

「この前コンビニに行ったらオヤジと店員がモメててさぁ、話を聞いていると、

そのオヤジがそこのコンビニで電池を買ったらしく、ビニールでパッケージ

された封を切った後にやっぱり要らないって事で、電池はまだ使ってないから返品しようと

店員に金返せって言ってるのよ。店員は店員で、封を切った物は売り物にならないから

返品できませんって突っぱねててさ。ずっと押し問答を繰り返してたから

後ろに並んでるのが面倒臭くなって、物を買わずに出てきたよ〜。」と言う話。

 

ここで、にゃゴトを読んでいるアナタはどう感じましたか?

店員の言う事が常識だと思いますか?オヤジの言い分が常識だと思いますか?

一昔前までの常識では完全に店員の言い分が常識だったんですが、

現在ではオヤジの言い分もまかり通る世の中になりつつあると言えるのが

にゃごの見解です。だからと言って、にゃごはオヤジの言い分が常識だなんて

絶対に言いません。(自分以外には?)厳格なにゃごは

こんなオヤジは超×100非常識と言い放ちます。

 

多分、「ナゼ、オヤジが非常識なの???」って思う人がいるかもしれません。

答えは簡単。「売り物にならないから」。まだ「ナゼ?」って思う人がいるかもしれないので

更に付け足すと「封をあけてしまった商品を快く同じ値段でアナタは買いたいって思う?

よっぽどの人でないと絶対に買いませんよね。そうするとお店側に損失が出ますよね。

アナタはその損失に対して無責任でいられますか?」と言う話になります。

もっとチンプンカンプンになった人の為に「損失の責任」について例え話をすると、

「自分の大事な物、金目の物を他人に無くされたり、壊されたりされた時、

弁償しろっていう気分になりませんか?それが店側の気持ちです。」

これで少しはお分かり頂けたかと思います。

 

だから、商品を買う前に必要か否かを充分に吟味した後の

自分の購入行為に対しての代償、責任追及を店側に求めるのはお門違い

と言う話になりますよね。(購入した商品に非が無いという前提の話です)

「吟味して購入してないから店側に責任追及できる」

なんて、子供の揚げ足取りみたいな事は言わないで下さいね。

自分の行動に責任を取るのは当たり前でしょう?

 

でも、最近は不景気もあいまって売り手市場から買い手市場に変貌し、

商品(サービス)提供側より消費者の方が強くなっています。

(消費者を守る法律が整備され始めている経緯もありますが)

だから変にオヤジの言い分がまかり通るような図式が出来始めている訳です。

「オレは客だ。客の言う事が聞けないのか?!訴えるぞ」って。

そして商品(サービス)提供側がなだめようとして、このオヤジのようなわがままを

例外で許すうちに常識の決壊が見受けられているように思えます。

こりゃあ、極端な話、毎回こんなんじゃ企業が損失受けているうちに倒産するわ。

企業が上手くまわらないのなら景気が回復しないわな。

って言うか、このオヤジのような行為ってある種の脅迫や恐喝罪に当たらないのかしら

な〜んて考えちゃったりして。でも、度を越すと立派な犯罪行為と言えると思うんだが。

何で「訴えるぞ」=「脅迫」の図式に発展するかはまた機会があった時にでもお話しますね。

 

にゃごは何で今回(毎回?)クダラナイ話をしているのかっていうと

昨今、「価値観」について、いろいろあると容認されてきていますが、

この「価値観いろいろ」がクセ物でこれが本質的に理解されないでこれが原因で

「常識」の基準があいまいにされていきているのでは、とにゃごは思ったんです。

「常識の基準のあいまい」による弊害の極端な代表例は「何で人を殺しちゃいけないの?」

だと言えるんじゃないでしょうか。こんなバカな事考えるヤツは少数派だ、

なんてコレばっかりは野放しにしちゃいけないテーマじゃないでしょうか。

 

TVでも番組として取り上げられるホド、「いろんな常識」が存在します。

「自分が常識」だと思っていても実は違っていたなんて

年齢が高くなればなるほど経験されている事だと思います。

そして「いろんな常識があるからコレは許容範囲内」なんて軽んじていると

「非常識ね、育ちが知れるわ」なんて影で嘲笑されているかもしれません。

「笑われるのは怖くない!」って思っていても何かのちょっとした場面で

非常識が招いた不信感から損していたなんて意外にあったりするものですよね。

と、いうかにゃごはそんな場面を両方の立場から見てきました。

 

また機会を見ながらにゃごの周りで起きた珍事件を話しながら

(毎回の事ながら)コレを機会に考えるキッカケになればイイなぁ〜って思います。

 

今回もだいぶ長くなりました。お付き合い頂きまして有難うございマス。

 

 

 

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